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ジャックラッセルテリア歴史②

ジャックラッセルテリアの歴史
・文:藤田りか子

短足ジャックラッセルテリアの登場
オーストラリアで認められているジャック・ラッセル・テリアがパーソン・ラッセル・テリアと異なる点は、その体のプロポーションである。パーソンの方が脚が長く、全体的に正方形の体型。一方で、ジャックは、脚が短く長方形の体型である。
実はパーソン・ジョン・ラッセルの死後、パーソンテリアは本来の脚長犬と短足犬の二つのラインに分かれる。短足犬起源にはいくつかの説がある。
アーサー・ハインマンもジョン・ラッセルと同様に「使い物になるフォックステリア」作出に貢献した。パーソンタイプのフォックステリアを保存する一方で、彼はアナグマ猟で働けるテリアを作ることにも意欲をもやした。アナグマ猟では馬の乗って行うことはない。アナグマの巣穴をみつけたら、そこに犬を送りアナグマをひとところに留めておく。そして猟師は犬の吠え声を頼りに、地上からアナグマのいるところをおおよそつきとめ、シャベルで掘り、止めをさす。キツネを追い出すテリアとちがって、攻撃的で危険なアナグマをひとところに留めておく犬には、精神的な強靭さが求められる。そこで、アーサーはパーソンの犬にブルテリアなどを掛け合わせた。その結果脚の短い頑丈なタイプのテリアが生まれた。馬と走る必要がないから、アナグマ猟の犬は脚長でなくてもいいのである。

何故オーストラリア?
ジャック・ラッセル・テリアは原産国がオーストラリアとなっている。FCIもジャックラッセルという犬種として認める際(パーソンと区別をして)に、オーストラリアのスタンダードをそのまま採用した。しかしこの犬種はもともとイギリスが元ではなかったのか?
オーストラリアにジャックラッセルテリアが入ってきたのは、1960年代から70年代にかけて。それもイギリスのハントからである。オーストラリアはその後1972年にブリードクラブを創立して、完全に血統登録をするようになった。何しろ数が限られているのだから、しっかり管理する必要がある。スタンダードもつくり、綿密に繁殖を行った。ここがイギリスとの大きな違いとなる。イギリスも1974年にジャック・ラッセル・テリア・クラブ・オブ・グレートブリテンを創立するのだが、なにしろジャックラッセルは周りにいくらでもいて、オーストラリアほど細かく綿密に血統管理をしなかった。その意味で、オーストラリアのジャックラッセルは均一な個体群となり、ついには1990年にオーストラリアのケネルクラブに純血種として認められることになったのだ。

 

ジャックラッセルテリアフェスティバル2018 開催概要