ブリーディングの歴史 12 犬種が絶滅するとき

イギリスの絶滅危惧犬種リスト
犬種の誕生は徐々に起こるものですが、その絶滅もまたゆっくりと進んでいくものです。イギリスのケネルクラブには、Vulnerable Native Breedというリストがあります。これは「将来絶滅の懸念がある自国原産犬種」という意味です。年間登録数300頭以下の犬種がリストに載せられ、もちろん毎年リスト犬種は変わります。たとえばイギリスではコーギーペンブロークがこのリストに長らく名を連ねていましたが、2017年以降登録数が400頭以上に。この突然の人気の火付け役は世界で大ヒットした連載テレビドラマ、「ザ・クラウン」。故イギリス女王エリザベス2世の治世を描いた物語で、女王のお気に入りの愛犬としてたびたびドラマに登場したためでした。

コーギー・ペンブロークのようなラッキーなケースもあれば、本当に年々減っていく犬種もおり、筆者が飼っているカーリーコーテッド・レトリーバーなどもその一種です。昨年イギリスでは60頭ほど、スウェーデンでも31頭しか新規登録されませんでした。

なぜある犬種ではどんどん数が減っていくのか?犬は野生動物とは異なり、その繁殖の全てが人の手に委ねられています。つまりブリーダーが繁殖させたい、と思わなければ、その犬種は増えないわけですね。繁殖させたい、と思わなくなる理由はいくつか考えられます。一つは人気がなく買い手がいないこと。あるいは繁殖に使えるような健全さを伴った個体があまりいないこと。これはすなわち遺伝子プールの衰退をも意味しています。

実際に私の周りのカーリーコーテッド・レトリーバーのブリーダーの間でも繁殖に使える犬があまりいない、と嘆いているものです。血縁が近すぎる、あるいは気質でいい子がいない、健全ではない、といった理由でなかなか見つけられないのです。絶対数が少なければなおさら繁殖に向いた犬を探し当てるのは難しくなります。

使役を他の犬種に奪われ…
現在ではあまり聞くことはないと思いますが、使役を失うことで、飼われなくなるというケースもあります。いくつかの牧羊犬種がそのような運命を辿り、絶滅しています。たとえばイギリスのカンバーランド・シープドッグは、ボーダーコリーが登場したことで、消えてしまいました。カンバーランドはイギリスのボーダー地方、まさにボーダーコリーの故郷です。牧羊家はそれまで各地方に昔から存在していたシープドッグを使って羊を管理していましたが、多くがボーダーコリーに鞍替えをしました。というのも、これまでの牧羊犬に比べて圧倒的に性能がよかったからです。声によく反応するし、目力で羊を動かす能力はボーダーコリーならではです。この犬種の登場で、イギリスのみならずヨーロッパの各国の牧羊犬種が絶滅の危機に一度はさらされています。とはいえ、犬種愛好家の手により保護を受け、数を挽回しているケースもあります。

別犬種に統合されて
絶滅したからといって、その犬を特徴づける遺伝子がすべてなくなるというわけではありません。他の犬種に統合され衰退したというパターンも過去にあります。前回の記事「犬種ができるパターンについて」でコンティネンタル・ブルドッグという新しい犬種を紹介しました。この犬種はイングリッシュ・ブルドッグ(いわゆるみなさんがご存知のブルドッグのことです)とオールド・ブルドッグのクロスブリーディングです。将来もしこの犬種が圧倒的に人気に得ることがあれば、そのためにイングリッシュ・ブルドッグの繁殖がほとんど行われなくなる可能性もあります。そうすれば、ブルドッグは自然と絶滅してしまうかもしれません。とはいえ、その際はブルドッグの血が全くなるわけではないですよね。コンティネンタル・ブルドッグとして生まれ変わったと考えればいいのではないでしょうか。

ブリーディングの禁止
2022年2月にノルウェーでブルドッグとキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルのブリーディングが違法になった判決になりました。多くの日本のメディアがとりあげたので、ご存じの方も多いことでしょう。訴訟はノルウェーの動物保護協会が、ノルウェー・ケネルクラブと犬種団体であるノルウェー・ブルドッグクラブ、およびノルウェー・キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルクラブ、さらに6人のブリーダー個人を相手取って起こしたものです。両犬種には、さまざまな先天性疾病(呼吸器問題、関節の疾病、心臓病、目の病気など)をかかえる個体が犬種の中に多く存在するとして、この繁殖を続けることに倫理性がないとノルウェー保護協会は訴えました。

法的な措置によって果たしてこれら犬種は絶滅していくのでしょうか?私は疑問です。逆に不真面目なブリーダーが台頭して、違法に犬種をブリーディングして売る、という事態もありうるような気がします。それはなぜ?市場にブルドッグとキャバリアキングチャールズスパニエルの需要があるからです。そう、ある犬種が求められるか否か、我々がその鍵を握っているのですね。そして世の中を見渡すと、短頭犬種に対する倫理的懸念というのは庶民の間ではあまりないような気がします。フレンチブルドッグもブルドッグと同様にさまざまな障害を抱えて生きていますが、相変わらず人気を誇っています。

文:藤田りか子

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